2011/01/24

白人の好きな物 - Sushi

各国のステレオタイプをネタにしたジョークは巷にたくさんありますが、
「白人」という凄い大雑把な括りで彼らをネタにした

Stuff White People Like(白人の人達が好きなモノ)

というブログがあります。ブログが元ネタとなって書籍化までされてます。
以前友人宅にこの本があったので手にとってみたところ、あるあるネタばかり
で結構笑えました。著者はトロント出身のカナダ人で、Wikipediaによれば「白人」
の中でも(著者自身を含む)「政治的にどちらかというと左寄りで、社会事情や環境問題
に敏感で、北米の都市に住む金持ち白人の滑稽で時に矛盾した行動」を書いているそう。

これが一方的にある特定の人種などをネタにした本ならかなりバッシングを食らう
ところだろうけど、社会的な強者が自虐ネタとして書いている、という
部分が考慮されるせいか笑いのネタとして結構ウケが良いらしい。
日本よりブラックジョークが受け入れられるとはいえ、特に人種に関ることだと北米
ではこのラインって結構微妙なとこ。その点イギリスってブラックジョークがかなり
許される土地柄らしいっていうことが今話題のBBC被爆者問題やゴールデングローブ賞の司会
の話(→この記事)で改めて露呈したかと。

何はともあれ、バンクーバー含め北米西海岸はまさにこの本の対象であるHipsterとか
Bohemianって言われるような人達がわんさかいるので、多分僕もこのブログを
読んでてピンと来たのでしょう。しかも特にうちの大学院なんてこういう人多いです。

この中で実はJapan #58Sushi #42という2つの日本関連のネタが入っている。
バンクーバーには各交差点に必ずスタバと寿司屋がある、と言われるほど北米の寿司メッカ
なので、今日は寿司の項目を意訳してご紹介。
(但し、バンクーバー人の寿司好きは単にアジア人がやたら多くて、中国系・韓国系の
人達が「寿司屋の方が儲かるから」っていう理由で店が増えただけかもしれません。
ただ、その「寿司屋の方が儲かるから」という理由の背景には以下のようなことが
絡んでるかも)


#42 Sushi

ベジタリアン、ビーガン(肉に限らず動物系の物を一切食べない人)、または
単に肉を食べるのに罪悪感がある人、それら全てをひっくるめても白人はみんなSushiが大好きです。
彼らにとってSushiとは高価、エキゾチック、そして「教養のない人達」があまり好まない、
という彼らの欲求を全て満たしているからです。

しかし、白人のSushi好きにはいくつかのレベルが存在します。

その最底辺にいるのがスパイシーツナロールやカリフォルニアロールを好む人達です。
彼らは「ロックンロール」とか「マジックスシカンパニー」といったような名前が
ついた店、あるいはトレーダージョーズ(カリフォルニア発の健康食品屋)のような
スーパーで買ってきたSushiを食べます。多くの場合、こういった寿司はホンモノでは
ありませんが、彼らにとっては大好物です。

その次にいる層がSushi snob(通を気取った人)の初級者達です。
彼らはまだロール(巻物)が大好きですが、ツナやサーモンの刺身、そして稀に
ウナギくらいにまで手を出す場合もあります。

そして最上位にいるのがwhite sushi snobです。彼らは、とにかく何でもかんでもやりすぎ。
多くの場合彼らはカウンター席にしか座らず、日本語でオーダーを試み、そしておまかせ
しか頼みません。彼らはロール好きや、握りを正しい方法で食べれない人達
のことを激しく軽蔑しています。

更に、白人の人達はSushiと一緒にお酒を頼まないとホンモノ体験が完結しないとも
思っています。

さて、ではこれらの情報が個人的な損得にはどのように関ってくるのでしょうか?

白人の人達は、美味しいSushi屋に行くことに関しては目がありません。
と言う訳で、「街で一番のSushi屋に連れていってあげる」と誘えばまず断られることは
ないでしょう。アジア人男性諸君にとっては白人の女の子をデートに誘う
格好のツールです。そしてもしかすると、本当にもしかすると、君もブルース・リーや
ポール・カリヤの仲間入りを果たせるかもしれません。
(注:二人とも珍しく白人女性と結婚したアジア人。アジア人男性は白人女性に
モテない、というステレオタイプをネタにしている)

白人にとってSushi屋に行くというのは特別なことです。朝ご飯ほど大事、とは
言いませんがとにかくある程度の期待が付き物です。
(注:白人は土曜日の朝に寝坊して朝ご飯専門店に行くのが大好き、というのもネタの1つ)

ただ、お目当ての人がベジタリアンだった場合はどうしたらいいでしょう?
大丈夫、なぜか自称ベジタリアンの白人の多くはSushiを食べます。
おそらく魚は豚・牛・鶏と同じステータスを得るには可愛さが足りないのでしょう。



皮肉たっぷりでかなり的を射た指摘ばかりですが、生憎バンクーバーでは寿司屋が多すぎて
価格崩壊が起きていて、Sushiは安く気軽に済ませたいときの代名詞になりつつあります。
ただ、その多くがsushi snobが軽蔑するロール中心のお店。Snob向けのウンと高いお店も
いくつかあるので、近年日本でも激安回転寿司が増えてきたように二極化が起こっている
といえるでしょう。

「日本人としてバンクーバーで一番うまいSushi屋はどこだと思う?」と
聞かれることはしょっちゅうあります。

2011/01/22

論文の章立て

僕の学部時代の卒論の意義は:

1.『早くスタートを切ること』
2.『きちっとした論文を書くのがいかに難しいか』

を学んだことでした。

今回の修士論文はその反省をいかして1についてはある程度クリア。
しかし2についてはやはり繰り返しのトレーニングが必要と感じます。

学部の卒論に比べて(当然ですが)修士論文のほうがテーマが
より絞られているのでscoping(どこまで書くか、という範囲決め)は
しやすいのは確かですが、やはり一番時間がかかるのが章立ての部分。
最もロジックが問われるところです。

文章を書くときの基本ですが、複数の文章が段落を作り、複数の段落が節を作り、
複数の節が章を作り、というようにメッセージの塊がヒエラルキーを作る構造を
強く意識しなければいけない。これは厳密にやると本当に頭を使うし、長いこと
同じことを考えていると訳が分からなくなってくるので休み休み取り組み、かなり時間がかかるものです。
主張点のダブりをなくし、読者が論文を理解するために必要なコンセプトを最も
分かりやすい順番に並べ、かつ全体のロジックを考えた優れた章立てをするのは難しい。

また、本のようになるのを避けつつも、自分のメッセージを大きなコンテクストに
当てはめて論じることも重要。絞りつつも絞り過ぎない、そのバランスをいかにとっていくかに結構苦心します。
こういうことをパッとすぐできる人は頭良いなあと思う。


僕が今のところやっていて頭が整理されるなあ、と思ったやり方は:

基本ルール:論文の構成は常にトップダウン。大きい構造を決めて細分化していく。
- 最も大きなコンセプトの塊が章を作る。その章内で何をカバー(主張)したいか紙に列挙。
- 列挙したものの中で主張点が類似したもの同士でグループを作る。
- そのグループ内で更にサブグループを作れる場合は作る。
- 最小単位のグループ内で、更にコンセプトの大小を判断して大→小の順に並べる


これをきっちりやればある程度章→節→項の流れが見えてくる。


この基本ルールを常に意識してもうちょっと自分の論文のコンテクストに当てはめて考えると

(1) まずは序章、本論、結論、という3つのおおまかな構造を作る。
(2) 序章と結論の部分は決まったようなものなので本論部分に集中。
(3) 本論の中心がモデルである場合は、モデルを構成する各要素を最も基本単位に分解。
(4) それら構成要素がどのように組み合わさってモデルが出来ているか、という最終形をできれば図式的にまず説明。
(5) 構成要素をそれぞれ説明。
(6) 構成要素同士の組み合わせ方を説明

という感じか。

ミクロで見たりマクロで見たり、というズームイン、ズームアウトを繰り返すので頭疲れます。
ただ、いいトレーニングであることは間違いないので辛抱。

さて、論文に戻らなきゃ。。

2011/01/18

テニスのフォーム

オーストラリアン・オープンが始まりました。
俄然テニスがしたい今日この頃ですが今月は論文強化月間なので週末まで我慢。
昨日指導教官に第一章を提出しました。なんて添削されて返ってくるか・・・

先日珍しく、そして久しぶりに自分のテニスのフォームを知人に動画で撮ってもらいました。
サーブは昔からフォームが良い方だと言われますが、ストロークのフォーム見ると
凹みます。自分で自分のフォームってホントに分からんもんですねえ・・・

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このスマッシュは気持ちよかった(笑)

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2011/01/12

また雪か




今季二回目の本格的な積雪。今年はバンクーバーも寒いぞー。

雪国に住み慣れてるけど、やっぱり普段降らないとこで降ると嬉しいんですよね。
純粋に雪は綺麗だと思う。

そういえば初めてISO1600で撮ってみた。多少画像は荒れるけど全然いける。

2011/01/08

眠くないけど疲れた奴はいないのか

これからたまには英語ネタも書いてみようと思います。
(論文書くのに疲れるとブログ書いてます)

よく知っている単語でも微妙なニュアンスの違いがあるもの、というジャンルで
日本人もよく知っている基本用語tiredについて書いてみようと思います。

Tiredは中学校くらいでも習う用語で、日本語では恐らく100%「疲れた」と訳されているはずです。

しかし、実際英語圏でtiredを使うときは「眠い」というニュアンスの方が強い。
ここで英英辞書様を引いてみると・・・

Tired
Pronunciation:/tʌɪəd/ adjective

1 in need of sleep or rest
2 (tired of) bored or impatient with
3 (especially of a statement or idea) boring or uninteresting because overfamiliar

としっかり「眠り、または休息が必要な状態」と書いてあります。

確かに日本語でも「疲れた」と言えば間接的に「休みたい」と言っていると
解釈可能で、更に「休みたい=眠りたい」という拡大解釈も可能といえば可能ですが、
それはむしろ時間帯など文脈依存的で、普通日本人は眠りたいときは「眠い」と言うのが一般的。

実際に日本語の辞書を引いてみると

疲れる
1 体力や気力を消耗してその働きが衰える。くたびれる。
「働きづめで―・れる」「神経が―・れる」「生活に―・れる」

2 長く使ったために物の質や機能が悪くなったり弱ったりする。
「―・れた油」「―・れた上着」

3 飢える。
「既に峰に逮(い)て―・れ給ふ」〈景行紀〉

と書いてあり「眠りや休憩が必要」という意味は定義に入っていない。

「疲れた」と「眠い」の意味的オーバーラップが大きい英語ですが、じゃあ
「眠くないけど疲れた」って言いたいときはどうすればいいんじゃい!と思いますよね。
近いのはexhausted(疲れ切った、疲れ果てた)。ただ、exhaustedは
exhaustedで疲れ「果てて」いるのであまり気軽に使うのも大袈裟で気が引ける。
多分、I need a restくらいがちょうどいいんでしょう。あとはI'm worn out。
Worn out(wear outの過去形)は「使い切った」とか「磨耗した」という意味があり、
日本語の「疲れた」という単語の二次的意味などを考慮しても一番「疲れた」という
単語に近い言葉かもしれない。


ちなみに日本の英語教育では『眠い』はsleepyと習うもので、これは確かにもっと
直接的に「眠い」という意味ですが、こっちではほとんど使わない。
何故なら子供っぽいから。
日本語で言うと「眠いでしゅ」とか「おねむ」とかそんな感じかな(笑)

確実に言えることは、こっちでI'm tiredと言うと「疲れた」ではなく「眠い」と
言っていると受け取られます。

2011/01/07

時差ボケ

こちらに帰って以降、久しく経験したことないような時差ボケを経験しております。
一般的に東方向への移動(太陽とは逆の動き)の方が時差ボケが辛い、という事実は承知
済みですが、それにしても久々に味わう激しい時差ボケだ。

今日になってやっと正常に戻ったものの、着いた日の夜は一度も起きず13時間睡眠で
翌日気づいたら15時。amとpmを間違えてるのかと何度も確認したくらい信じられないほど
熟睡しました。そしてその反動で翌日は眠れず、朝4時半起床。しょうがないので
論文にでも取り掛かるか、とやってみるものの、朝8時半くらいから急激に眠くなり、
そのまま16時まで昼寝。完全に昼夜逆転。そして昨日は11時半起床、今日は授業が
あったので8時起床、と見事にだんだんブレ幅が小さくなって体が調整してるのが分かります。

小さい頃は日頃の生活リズムが規則正しいのでその分時差ボケになりやすかったけど
いつからか時差ボケを大して経験しなくなった。それがここ最近になってバンクーバー
からボストン、という移動だけで眠れなくなったりと再び時差ボケになりやすい体質に
なってきたような気がする。これは軽く「老い」のサインなのかなあ。

ちなみに時差ボケって英語ではjet-lagって言うけど、これは時差ボケっていう
現象が飛行機くらいのスピードで移動しなければ起こりえないからなんだろうか。
船とか徒歩とか馬車で移動してれば体が徐々に慣れてくので「ボケ」ないんだろうな。

同じようにして、飛行機っていう乗り物は今まで人類が持ち得なかったスピードで移動を
可能にするせいか、いつも長距離移動したその日って体は移動してるんだけど心はまだ
出発地点からあまり離れてないような、心身分離(って正しい使い方なのかな)したような
感覚に陥ります。

今日あたり、やっと心も日本からバンクーバーに戻ってきた気がします。

さて、冬休みモードから勉強モードに切り替えなくちゃ。

2011/01/04

東京サイクリング

有楽町の無印で自転車を借りてサイクリング。
1月2日の一般参賀で賑わう皇居に初めて足を踏み入れた。
一般参賀客に混じってこちらは皇居見物に行っただけなので馬場先門から
入って一周して桔梗門から出てきた。文字通り東京のど真ん中という超一等地に
あって超が付く贅沢な土地の使い方。そして日本経済の中心地丸の内・大手町を
見下ろす、というなんとも特権的な立地に驚いた。

千鳥が淵の辺から見るお堀は美しいし、東京も見所はたくさんあるなあ、と思った1日でした。











大阪(舞洲工場)

大阪のユニバーサル・スタジオの程近くに立つ大阪市環境局舞洲工場、という所を
ご存知だろうか。僕も今回ヘンテコ物大好きな大阪人の母親から教えられるまでは
知らなかったのだが、オーストリア人芸術家フンデルトヴァッサーがデザインした
大阪市のゴミ焼却施設だ。
USJと同時期に、しかもすぐ隣に建設されたので、当時はUSJだと間違えて入ってくる
車の列が出来た、という実話があるくらいゴミ焼却施設とは到底思えぬ奇想天外な建物だ。
実際目の前にしてみると、自分はチャーリーとチョコレート工場の世界にでも迷い込んだか、
という錯覚に陥る。

しかし大阪市、そしてフンデルトヴァッサーの狙いはまさにそこなのだ。

つまり、ゴミ焼却施設という周辺住民に好まれない物をいかに受け入れられ易い形で建てる
か、ということについてあれこれ考えていた大阪市が出した答えがコレだったのだ。
英語ではNIMBY(Not In My Back Yard [うちの裏庭にだけはゴメンだ])と言われ、
公共政策や都市計画の分野では常に議論になる問題だが、まさにout of the box thinking
の結果大阪市はこんなドハデで楽しいものを作ってしまったというわけだ。
ある意味大阪だから出来たことだという気もする。

バブルの時期に構想が始まったというこの建物は総工費610億円、デザイン料6000万円(笑)
大阪市民の評価は真っ二つに分かれるらしいですが、世界的芸術家である
フンデルトヴァッサーがデザインした建物は日本に3つしかなく、全てが大阪にある。
しかも、そのうち2つがこのゴミ焼却場と、隣に立つ下水処理場なのだ。今では大阪の
小学校4年生が全員この工場に社会見学に来るという。そのため外観だけではなく、
本来のごみ焼却施設としての機能を学ぶ工夫も至る所に施されている教育的場でもある。
僕も今学期ちょうど統合的資源管理を授業でやっていたので大変興味深く見学した。

ここでは焼却の際に出る熱で蒸気を作り、タービンを回し、発電を行なっている。
施設で使う電力は全て自前で発電しており(cogenerationと言われる)、それでも余った
残りの半分の電力は大阪電力に売却し、年間およそ5.5億円の収入を得ているそうだ。
また、粗大ゴミからアルミと鉄を回収し、業者に売ることによって昨年は8600万円の収入
があったとか。ガイドのおっちゃん曰く「デザイン料の6000万円は1年で回収できたって
こっちゃ(笑)」と言っていました。

もともと建築家である彼女に日本のキテレツ建築物を見せるために見に行った
のですが外観に限らず中身もとても面白かった。

見学に予約が必要ですが、オススメです!
予約は大阪市環境局のHPより(→大阪市環境局HP)







宮島、広島(原爆ドーム、平和記念公園)

平和記念資料館は10数年ぶりに訪れた。3時間半くらいかけてじっくり
見ても見足りないくらいの豊富な展示で、どれも勉強になった。

世界で核実験が起こる度に広島市長が打っているという600枚に及ぶ抗議の電報、
という展示が一番印象に残った。

入館料が無料ではなく10円、というのもなんとなくいい。
出来るだけ多くの人に来て欲しいけど気持ちだけ頂きます、という感じがより強調されるような。



















京都(二条城、金閣寺、竜安寺)

ちょっと「いかにも写真」っぽくなり過ぎたかな・・・